【鎮護堂】 明治5年建立。日本最初の日刊紙、東京日日新聞の同年4月10日付の記事によれば「上野の山から付近に移住してきた狸が安住の地がないため昼間から人を化かしたりするので祠堂を建てて奉り鎮めた」と経緯の理由が紹介されている。門をくぐって右手にある幇間塚は、吉原に誕生し宴席をとりもついわば男の芸者さん達によって建てられたもの。幇間さんは落語にもたいこもちと呼ばれしばし登場する。伝法院の庭園も見ることができます。
・見るへ戻る
無断転載をお断りします!